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佐藤一朗の勝つ為のトレーニング 第4回

みなさんこんにちは佐藤一朗です。前回の解析、読んで理解して貰えたでしょうか!? 勝つためのトレーニングと良いながら実際のトレーニングになかなか入らないので「おもしろくない!」などという声も聞こえてきそうですが、申し訳ありませんもう暫くお付き合いください。

 

<改善点の抽出>

競技として自転車に乗った場合、強くなろうと思ったときどんな練習をすれば良いのでしょう。

「ダッシュ力が無い人はダッシュ系の練習をすれば良いし、持久力が無い人は乗り込めばいい。」

きっと多くの方がそう思われるでしょう。僕も以前はそう思っていました。しかし競輪学校合格を目指す弟子達の指導をするようになったとき、1人の人間の人生がかかっていると思うと「ただ走らせればいい、もがかせればいい」という安易な気持ちでトレーニングを指導することが出来なくなってしまいました。なぜなら当時指導していたアマチュアは全国クラスの競技経験者もいれば、全く自転車に乗ったことのない所から始めた選手もいたため、競技力の差は激しく同じ練習をさせても強い選手には練習にならず、逆に弱い選手は付いていく事も出来ない様な状態だったからです。当然の事ですが選手個々にあったトレーニングメニューを考えなければならない状況に次第に追い込まれ、それがトレーニング理論を真剣に考えるようになった全てのはじまりです。

 

僕は選手の指導をする上で最も大切な事は、その選手の現在持っている競技力を把握することだと思っています。その中でも優れている所は"何故優れているのか?"劣っているところは"何故劣っているのか?"と言うことを正確に判断することです。一般的に選手の競技力を判断する上で最も分かりやすい指標は、タイム測定や最近はやっている出力測定などです。これらはその時点における選手の自転車を走らせる能力を数値化できるので非常に分かりやすい指標です。しかし一方でこれらの指標だけでは分かりにくい部分もあります。それが今回お話しする"何故"の部分です。

 

ここからの話は非常に難しくなってしまうので出来るだけ簡単に説明しようと思いますが、それでも理解出来なかったら。。。。すみません。

 

「どんな事象にも、必ず理由がある」とは最近はやったドラマの台詞ですが、スポーツにおいても同じ事が言えると思います。ダッシュ力がある人にはその理由があり、持久力がある人にもその理由がある。もちろん今までのトレーニングでもそんなことは考えていたはずなのですが、治療の勉強をする過程で生理学や解剖学を学んでいるうちにもっと深く考える様になって行っていきました。

 

例えば、ある程度の競技力のある選手が1000mを全力で走ると600m過ぎに必ずと言って良い程ペースが極端に落ちてしまいます。200m毎のラップを測っているとどの区間も少しずつタイムは遅くなるのですが、600mから800mの区間に大きく落ちてしまうことが多いのです。もちろんタイムのバラツキがあるので一概には言えませんが、その区間以前のタイムとそれ以後の区間タイムを比べても明らかに違う様に感じました。そこで比較しやすくするためにタイムでは無く、減速した割合で比較してみたらその傾向はよりハッキリと見えてきました。600mを通過する時点でのラップは多くの場合40秒台前半。そこで考えたのは

"無酸素パワーの限界40秒程度"との関係です

全力で運動した場合40秒から41秒程度で筋肉は大きな力を出せなくなるという"あれ"です。

始めの頃は「そうなんだ」と納得していたのですが、暫くするうちに今度は「何故40秒程度で出力が落ちるのか?」と言うことが知りたくなってきます。生理学のテキストには「無酸素運動はクレアチンリン酸の分解とグルコースの分解によってATPを産生し、それぞれ7~8秒、33秒程度が限界」とありましたが「何故それが限界なのか」までは説明されていませんでした。一度気になり出すと止まらない性格の僕はその答えを求めて医大の先生の所まで押しかけてしまったりと。。。まぁ、1つのことを調べるだけで大変な騒ぎです。

 

そうやって疑問点を1つ1つ調べていくうちに何となく分かってきたことがあります。それは自転車を速く走らせるためには2つの方向から選手の競技力を測らなくてはならないと言うことです。

 

1つは自転車を走らせるときに選手が使っている全身の筋肉のバランスです。選手はそれぞれ違った骨格を持ち、違った筋バランスをしています。当然自転車を走らせるポジションは違って当たり前なのですが、それが理想的に自転車を走らせる為のポジションかどうかという事をしっかりと確認しなくてはなりません。自転車という道具を使って行う競技なのですから当たり前と言えば当たり前の事なのですが、これまで何がベストなのかを判断する理論体系が無かったため、経験論がもっとも幅を利かせる分野でした。そこで国内大会はもとより国際大会等の取材を重ね、そこで得られた無数のデータの中から1つの指標を導き出しバイオメカニクスとの整合性を確かめていきました。その結果の一部が前回お話しした動作解析です。もちろん実際に注意しなくてはならないポイントはまだまだありますが、なかなか文章では説明しきれないので今回は代表的な3点だけ説明させて戴きました。

 

動作解析によって得られたデータによって選手のポジションが理想的なポジションで無かった場合それをどう改善していくか、それが今回のテーマである改善点の抽出です。誰もが自転車を走らせる上で自分の持っている力を最も効率的に使う事が出来るポジションで走りたいと思うはずですが、それが出来ていないケースが数多く見られます。人の身体を動かす筋肉のバランスには、その人の生活や行動の癖が現れます。ましてや競技選手が毎日のようにトレーニングをした場合、身体の筋バランスは本当に人それぞれで違ってきてしまいます。

 

例えば、サドルのセッティングによる影響もその1つです。サドルを低めで乗っている人は股関節伸展筋の発達が顕著で、持久系の能力が高くなる傾向が見られます。また高めで乗っている人は膝関節伸展筋の発達が顕著で、ダッシュ系の能力が高くなる傾向が見られます。

これは関節の稼働角の違いにより生まれる相違で、最初に自転車のセッティングをした時のサドルの高さによって習慣づけられてしまったことが影響していると思われます。つまりその選手の持つ骨格や筋の特徴に沿ったベストなポジションでは無く、最初に自転車をセッティングした時の癖でポジションが作られてしまっていると言うことです。対象の選手の年齢や競技歴、今後の方向性にもよりますが、長く競技を続けていくのであれば何処かでポジション修正をしなくてはならないでしょう。

 

 

もう1つはエネルギー代謝を基調とした代謝能力と出力のバランスです。これまで筋肉の出力とエネルギー代謝についてはあまり語られて来ませんでしたが、パーワーメーターの普及に伴いトレーニングの指標としてエネルギー代謝に付いても考えられるようになってきました。まず基本的な生理学として理解して欲しいのが筋繊維の種類・エネルギー代謝・筋出力の大きさの3点です。いろいろ細かい点はあるのですがここでは大雑把に説明しますので多少の語弊があることはご容赦下さい。

 

まずスピードとパワーに優れた筋繊維は"速筋"と呼ばれる繊維で、トレーニングによって筋繊維が肥大し出力が上がって行きます。エネルギー代謝は無酸素系のATP-CP系と解糖系です。持久力に欠け最大出力を続けると40秒程度で出力が大幅に低下します。

 

一方、持久力に優れた筋繊維を"遅筋"と呼びます。トレーニングによって身体の酸素の供給力や筋線維の酸化能力が上がるためエネルギー代謝能力が向上します。エネルギー代謝は有酸素系で、無酸素系のエネルギー代謝で産生されたピルビン酸・乳酸を始め脂質やタンパク質を燃焼(酸化)することで動作出来ます。速筋と違い筋肥大は起こらないので出力的には向上することは殆どありません。

 

この生理学的特徴を理解できれば説明は殆ど要らないですよね。つまり選手の持っている筋繊維やエネルギー代謝の能力が、目的としている能力と比較して適切であるかどうかを見極め、過不足に応じてトレーニングを行うと言うことです。

例えばトラック短距離の選手であれば、絶対的なパワーを必要とするため速筋線維を重点的に強化するようなトレーニングメニューを行います。もちろんトレーニング量を増やすためには回復力や基礎体力も必要とされるため、必要に応じて遅筋の強化に繋がる有酸素系のトレーニングも行います。

 

またロードレースを中心とした長距離系の選手は、持久力向上のため遅筋及び有酸素能力を重点的に強化するようなトレーニングメニューを行います。

しかしそれだけではパワーは上げられないので、必要に応じて速筋に刺激を与える高負荷のトレーニングも行います。

大切な事は、目的とした競技に必要なバランスで適切な刺激を与えられるトレーニングメニューをプログラムすると言うことです。

 

ではこの続きはまた次回に。

TRAINER'S HOUSE 代表 : 佐藤一朗

略歴 : 中央大学商学部会計学科卒
   湘南医療福祉専門学校東洋療法本科卒
   自転車競技 世界選手権 元日本代表
   プロ競技選手 NKG63th ('89~'06)

資格 : 厚生労働大臣認可・国家資格
   はり師 きゅう師 あん摩マッサージ指圧師
   日本体育協会 公認コーチ(自転車競技)

web site  http://www.trainers-house.net/